CAR-T細胞治療(キムリア)

始めに

先日、ノバルティス社のCAR-T細胞治療薬「キムリア」が5月15日の中央社会保険医療協議会総会で3349万円の価格がつき、保険収載されることになった。薬価基準収載品では最高額ということで、日本の保険制度が崩壊するのではと心配する声も多く、大きく報道されています。

このCAR-T細胞治療薬については、非常に面白い薬なのですが、今までの治療薬とは大きくかけ離れたタイプの異なる薬でもあり、正確な情報を得るのは非常に難しい状況です。なので、今回はこのCAR-T細胞治療薬について詳しく説明したいと思います。

CAR-T細胞治療とは?

がん細胞を特異的に認識するTリンパ球をがん患者さんに点滴で入れることで、がんに対する免疫を惹起させる治療になります。

他人のTリンパ球を点滴すると、がん患者さんの身体全てを異物として認識してしまい、拒絶反応が起こってしまうために、患者さん自身のTリンパ球を用いる必要があります。

そこで、まず採血をして患者さん自身の血液を集めて、そこから白血球を除去し、Tリンパ球を取り出します。

次に、患者さん自身のTリンパ球に、がん細胞を認識して活性するような仕組みをレンチウイルスベクターを用いて組み込みます。(他の薬の場合、レンチウイルス以外の方法で遺伝子を導入することもあります)

この仕組みがCAR(Chimeric antigen receptor)と呼ばれ、この仕組みを組み込んだT細胞をCAR-T細胞と呼びます。

そして、完成したCAR-T細胞を患者さんに点滴すると、CAR-T細胞はがん細胞を認識し、活性化し、免疫反応を惹起することでがん細胞が除去されるというのがこの治療の原理になります。

CARとは?

CARはChimeric antigen receptorの略で、日本語に訳すとキメラ抗原受容体となります。

キメラはギリシャ神話に出てくるライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾などを持つ怪物のキマイラが語源になっており、生物学では由来の異なる遺伝情報が同じ場所に同時に存在する状態を指します。

この場合、遺伝子(の一部)をいくつか組み合わせて人工的ながん細胞を認識する受容体を作っているので、キメラと表現しております。なお抗原とは認識されるターゲット(今回はCD19)を指し、受容体とはその抗原を認識する部分を指します。

具体的には、CD19と呼ばれるがん細胞の表面に発現している抗原を認識する部分、Tリンパ球の膜を貫く部分、Tリンパ球の活性化を促すシグナルを発信する部分、その活性化を補助する部分(特にTリンパ球の増殖や維持)などを組み合わせたもので、これが患者さんから採取したTリンパ球に発現するように、遺伝子組み替えが行われます。

CAR-T細胞治療薬「キムリア」の対象疾患

キムリアではCD19という抗原を認識するCARをTリンパ球に組み込むので、がん細胞にCD19が発現していなければ投与する意味がありません。

CD19は元々B細胞と呼ばれる免疫細胞に発現しているため、B細胞ががん化して発症した病気が対象疾患になります。

具体的に今回キムリアが対象としているのは

「CD19陽性再発・難治性B細胞性急性リンパ芽球性白血病」(25歳以下)

「CD19陽性再発・難治性びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」

となっております。ここで少し白血病についても簡単に説明しておきます。

白血病とは?

白血病は「血液のがん」とも言われ、将来リンパ球や好中球などになるはずの血液細胞(造血前駆細胞)ががん化し無秩序に増殖する病気です。リンパ球・好中球などの血液細胞は骨の内部の骨髄で作られているのですが、この骨髄ががん化した白血病細胞で占拠され、正常な造血が阻害さてしまい、感染症になりやすくなったり、出血しやすくなったり、貧血になるなどの症状がでることがあります。さらに骨髄からあふれ出た白血病細胞が周囲臓器に浸潤することで、リンパ節・肝臓・脾臓・精巣などの臓器が腫れたり、神経浸潤によって神経症状が出現したり、様々な症状にもつながります。

白血病の分類

白血病は、がん化した元の細胞の種類と病状の進行速度によって大きく4種類に分類されます。

急性 慢性
リンパ性 急性リンパ性白血病 慢性リンパ性白血病
骨髄性 急性骨髄性白血病 慢性骨髄性白血病

まずリンパ性とは「将来、リンパ球(Tリンパ球やBリンパ球)になるはずの血液細胞ががん化したもの」で、骨髄性とは「将来、骨髄系細胞(赤血球、好中球、単球、血小板)になるはずの血液細胞ががん化したもの」をいいます。次に急性と慢性の違いですが、基本的には病態の進行速度が速いが遅いかという違いになります。「進行速度が遅い」の意味を厳密に説明すると、白血球の異常増殖に伴い血液中の白血球数は増えるものの、白血球の異常は少ないために症状が出にくい状態をさします。ただ、慢性白血病であっても、急に病状が進行し急性白血病のような症状を来すことがあり、これを「急性転化」と呼びます。

この元の細胞の種類と病状の進行速度を合わせて、白血病は「急性リンパ性白血病」「急性骨髄性白血病」「慢性リンパ性白血病」「慢性骨髄性白血病」の4種類に分けられます。更に細かい分類も無数にあるのですが、専門的になりすぎるのでここでは割愛します。

悪性リンパ腫とは?

「将来リンパ球になるはずの血液細胞ががん化したもの」をリンパ性白血病と説明しました。このとき、リンパのがんと言われて、悪性リンパ腫という病気と何が違うのか疑問に追われる方もおられるかもしれません。

リンパ性白血病は「骨髄」で「将来リンパ球になるはずの血液細胞ががん化したもの」であるのに対して、悪性リンパ腫は「骨髄以外の場所(リンパ節を含む)」で「将来リンパ球になるはずの血液細胞もしくは成熟したリンパ球ががん化したもの」になります。リンパ性白血病との違いは、がん化の元となる細胞に成熟したリンパ球も含まれる点と、増殖の場所が骨髄ではなく骨髄外である点になります。

そのため、増殖場所が違うだけで基本的な病態は同じと捉えることもできるために、最新のWHO分類(2017)では、「将来リンパ球になるはずの血液細胞(=リンパ芽球)ががん化したもの」をまとめて急性リンパ性白血病/リンパ芽球性リンパ腫(ALL/LBL)とまとめています。

キムリアの適応疾患

最後にキムリアの適応疾患である2つの疾患について解説しておきます。

B細胞性急性リンパ芽球性白血病(B-ALL)とは?

どういう病気かを理解するためには、病名を「B細胞性」「急性」「リンパ芽球性」「白血病」に分けてください。

「B細胞」ですが、リンパ球の種類になります。リンパ球には大きく分けると「T細胞」と「B細胞」があり、T細胞は免疫における司令官のような働きをするのに対して、B細胞は抗体を作る細胞になります。「急性」とあるので病状が急速に進行するタイプで、「リンパ芽球性」なので未熟なリンパ球ががん化することを意味します。さらに「白血病」なので増殖は主に骨髄で起こっていることを表します。まとめると、B細胞と呼ばれる抗体を作るリンパ球に将来なる未熟な細胞が骨髄でがん化し急速に増殖している病気ということになります。

基本的な治療としては、複数の抗がん剤を組み合わせた化学療法を行い、場合によっては同種造血幹細胞移植を行いますが、再発したり、中々治らない難治性のこの病気に対して、キムリアが適応になりました。

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)とは?

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)は非常に長い名前ですが、実はリンパ腫のうち30-40%をしめる最も頻度の高い疾患です。

成熟したB細胞ががん化し、正常リンパ球に比べてサイズの大きな腫瘍細胞が全身に広がるように(びまん性に)増殖していくためにこの名前がつきました。

基本的な治療としては、複数の抗がん剤を組み合わせた化学療法(R-CHOP)に場合によって放射線治療を組み合わせて治療を行います。こちらも自家造血幹細胞移植併用大量化学療法を行うこともありますが、再発したり、中々治らない難治性のこの病気に対して、キムリアが適応になりました。

なぜB細胞由来の病気だけなのか?

上記の2つの疾患はどちらもB細胞由来の病気になります。これは今回承認されたキムリアが組み込むのがCD19というB細胞のみに発現する抗原を認識する受容体だからです。

B細胞のみに発現する抗原としてはCD20なども有名ですが、臨床試験も少なく、有効性はまだ示されていないのが現状だと思います。

今後他のがんに適応が広がる可能性は?

すでに多くのがん種に対して検討が始まっています。

ただ、そのうちのいくつかはキムリアのように臨床現場まで生き残ってくるかもしれませんが、生き残って臨床応用されたとしても非常に限られたがん種に対してのみになると思います。それは、CAR-T細胞がターゲットとする抗原は「がん細胞の細胞表面だけに存在」し「正常細胞の細胞表面には存在しない」必要があるのですが、そのような都合のよい抗原はなかなか存在しないためです。今回のキムリアの適応疾患はB細胞という特殊な抗原を発現している細胞由来の腫瘍だからこそ成功した治療法だと考えています。

価格は適切?

これは政治的・経済的な問題でもあるので何とも言えません。

ただ、今は患者自身からTリンパ球を取り出し、CARを導入して、患者に戻すという面倒な作業を行っていますが、今後は、健常人からTリンパ球を集めて、患者さんの正常細胞を攻撃しないような遺伝子改変を行い(T-cell receptorをノックアウト)、さらにCARを組み込んだものを事前に準備しておいて、患者さんには棚から下ろしてすぐに点滴できるようにする方式が考えられています。棚を英語でshelfというので、off-the-shelf CARと呼ばれています。この方式だと、かなりのコスト削減が可能になるため、この辺りの進歩に期待したいところです。

現状は非常に高い治療で、節度ある運用が求められているのですが、治療法がない再発・難治性のがん(B-ALL, DLBCL)に対して非常に奏効率の高い救済療法が日本の保険でカバーされたことはがんの診療を行うものとしては非常に喜ばしいことだと思っています。